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勾玉辞典

勾玉の歴史(4)勾玉の語源

古事記(712年)には「勾玉」、日本書紀には「曲玉」と書かれています。
また、魏志倭人伝では「句珠」となっています。
いったいどの漢字が正しいのでしょうか?

マガタマは漢字が日本に入ってくる前のものであり、漢字はあて字として記されたと考えられます。現在では「勾」の字を使うことが一般的で、これは神道の考え方の中に、「まがる」という意味を好ましくないという考え方があり、「曲」の字をあえて使っていないとの考え方が主です。(韓国では現在でも曲玉の字を使っています。)
では、漢字は日本にどのように伝わったのか?

漢字は中国では、B.C.2700年に作られ、B.C.221年に始皇帝によって統一、広められました。叙福は始皇帝の命令により3千人を連れて、不老不死の薬を求めて日本に来ています。この時に様々な文化を日本に伝えています。
漢字も使われているはずです。また、400年頃には王仁博士が千文字一巻、論語十巻を日本に伝えています。という事は、400年すぎには漢字は日本に完全に定着していたにもかかわらず、712年、720年の古事記・日本書紀で異なった文字が使われているのは、謎です。
  天武天皇の妻・持統天皇は691年、2神社(大神神社・石上神宮)の古文書と16家の系図を没収し、抹消したとされます。その後、現存される日本最古の書物、古事記、日本書紀が世に広まります。
「古事記」は、皇室や豪族に伝わる古い歴史を 稗田の阿礼(ひえたのあれい)に話をさせ太安万侶が記録し、712年元明女帝に献上した。稗田の阿礼は、藤原不比等であると言われてる説があります。
「日本書紀」は、720年に舎人親王(とねりしんのう)が39年の歳月をかけ国内の貴族や海外(主に中国)向けに書かれたもの。
                                                       いずれにせよ、漢字の意味とマガタマのもつ本来の意味とは異なっていると考えられます。

そして、発音から考えてみると古来では「マ」は人の上に立ち名を知られる象とか、争いを避けるという意味に使われ、「カ」は陽気盛んな象、運気強く神の助けあり等の意味があり、本当は「マガタマ」ではなく、「マカタマ」であったのではないかと考えられます。

また、古代サンスクリット語を調べると、「マカ」とは優れていること・大きいこと・偉大なこと、勝利の意味で他の語や人名の上に付いて、美称として用いることもあるそうです。

天照大神が、スサノオ命と戦いになりそうになった時、全身に勾玉を付けたのはこの「マ・カ」の意味を見るとよくわかります。 

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